オーディオ&レコードモチーフ・ジャケコレクション〈2〉


2008.4.19

うれしい再発


20代後半、痛くて恥ずかしい手術をして取った疣痔が再発(DACエクスタシー参照)したときには、父親ゆずりの痔疾家系を呪ったものだ。だが、病が発症するには遺伝的な因子以外に、生活習慣だったり、性格や思考傾向なども原因や遠因になるということだ。

以前、円形脱毛症になった男から「おまえのせいだ!」と、面と向かって罵られたことがある。その男の成長を見込んで、あえて難しい仕事を経験させていたのだが、その男は、私がその仕事を逃げて、自分に押しつけたと思ったのだ。だから、その仕事が無事終わって酒を飲みながら、その男から作業の報告を聞き、「そうか良かった」と私がつぶやいたのを、「面倒な仕事をせずに楽ができてよかった」と私が言ったと誤解した。「よくやったな!良かった」だったのに。

なんとも情けない話だが、世の中には、こんなに分かりやすい愛情すら理解できないバカがいるものかと、反論する気力も失せ脱力してしまった。その男の円形脱毛症は私のせいではない。その男の世の中の受け止め方が普通じゃないからだ。病気になって辛い思いをしたからって、自分自身の思考性向や生活習慣などを省みずに、一方的に血縁や出自を呪ったり、他人のせいにするのはよくないということだ。

治癒したはずの病気が再発するのはくやしいことだが、うれしい再発もある。稀少レコードの再発である。CDでの再発なのが残念だが、なんともうれしい再発盤を見つけた。「When Your Lover Has Gone/Pat O'Day」これまで中古レコード屋では、一度も出あったことがなかった。

美女透けモノにレコードプレーヤーモチーフ。私のレコードコレクションジャンルとフェチジャンル両方に合致した、女性ボーカルアルバムである。胸も露にネグリジェでしなをつくっているのは、歌手パット・オディ本人ということだ。小さくて見えにくいが、ジャケット裏面(左下)の、レコードがたくさん詰まった棚の前で、ハイスツールに腰掛けてキュートに笑顔をふりまく、21歳のパットのポートレートからは、このジャケット表面の大人の色気はあまり感じられない。


一聴して白人と分かる癖のないボーカルで、聴きごこちの良いアルバム。上手な歌手だが、その癖のなさが災いして今ひとつ魅力につながらない。可憐さなら他にもっと魅力的な歌唱を聴ける歌手はいるし、ジャケットデザインのような色気を期待したリスナーはがっかりだし。
なぜか裏面の写真の右には、彼女の年齢やら目や髪の色・身長体重までが丁寧に列挙されている。このあたりから、もっと売り出したいパット嬢に対する、プロデューサーの愛情と下心を想像(妄想)できる。


( ・・・撮影場所はプロデューサー宅。たぶん最初に撮影したのは裏面の写真だったのだ。このレコードがつくられた1950年代にポラフィルムはないはずだから、後日再度呼び出したパットに仕上がった写真を見せ「この写真じゃ客は買ってくれないな。もう少しセクシーさがないとね」とか言ったに違いない。(上の表面のカラージャケット写真は、背景部分が切り取られている切抜き写真だ。背後にはレコード棚があったはずだ)「そこの赤いマットレスに、このネグリジェを着て腰掛けて、そうそういいねー」 棚にあるレコードを数枚引っぱり出して、レコードプレーヤーのケーブルを引っこ抜いて膝元に置いて。「ネグリジェをもう少しはだけてみようか、そう、あ、もうちょっと」とか言って、21歳のパットにしては背伸びをした、色気ムンムンの写真を撮影したのだ。きっと。そして仕事を終えたカメラマンは、気を利かせて早々に帰っていった・・・とか )


※ 手に入れることがむずかしいレコードの内容について、あれこれ書くのもどうかと思ったのだが、フェティッシュ・ジャケットコレクション〈1〉で、感想を書くことを前提にレコードを聴きなおしてみると、それぞれのレコードにあらたな感動や発見があったりで、とりあえず書くことにした。

オーディオ・レコードモチーフジャケコレクション〈2〉(画像クリックで拡大表示します)

■「CROSS-SECTION/BILLY TAYLOR」
なんだか「音楽好きオジサンのリスニングルームご紹介」みたいな、やけにリラックスした写真だ。知らない人が見たら、ジャズピアニストとは分からないだろう。こういう「らしさ」が出ていない人、大好き。多くの佳作トリオアルバムを出している、ビリー・テイラーのPRESTIGEのアルバムである。そいうえば、PRESTIGEのジャケット写真のビリー・テイラーは、みんな笑っている。ソックスとスラックスの間のスネが、やけに白っぽくて気になる。これも佳作トリオアルバム。

ビリーの右肘の下、オートチェンジャーらしきレコードプレーヤーが、妙な角度でレコード盤を保持しているのが気になる。変則的な動作をするプレーヤーなのか。

■「INSIDE HI-FI/LEE KONITZ 」
INSIDE HI-FI のアルバムタイトルをデザインしたということだろうが、ビジュアルはマニアックな真空管アンプの内部のドアップ。電解コンデンサかパワー管の取付け穴に、部品の一つのようにリー・コニッツの顔がコラージュされている。一曲目リー・コニッツオリジナル「KARY'S TRANCE」という曲タイトルを引っかけているのか。
A面はギター入りのクインテット、B面はカルテット。アルト奏者リー・コニッツはテナーを演奏している。好きなアーティストのひとりだが、この盤ではあんまり華のある演奏は聴けない。ルディ・ヴァンゲルダー録音のATLANTIC盤。日本版の再発盤がある。


■「HI-FI KEYBORDS/BILLY MAXTED」
上記のリー・コニッツのアルバムの更に上をいく?真空管アンプのエックス線写真をデザインしたマニアックジャケット。内容は軽やかな音色のキーボードをメインにした軽音楽風で、ジャズではない。


■「Have You Met/INEZ JONRS featuring ASCAR MOORE」
テーブルの上に、白ワインとボロボロのスピーカーユニットと灰皿。「なんじゃこりゃ!」なジャケット写真である。黒人女性ジャズ歌手「イネス・ジョーンズ」のアルバム。バックがすごくて、オスカー・ムーア(ギター)/カール・パーキンス(ピアノ)/カーティス・カウンス(ドラム)/ビル・ダグラス(ベース)という、そうそうたるメンバー。イネスは黒人らしいジャジーな声だが、清廉さ可憐さもある。オスカー・ムーアのギターのからみがすごくいい。好きなボーカルアルバムの一枚。

FRESH SOUNDが出した再発盤のジャケット(左)は、上のオリジナルジャケットでなく、スタジオでのスナップ写真を使ったもの。ストッキングを穿かせたマイクに向かって歌う、普段着姿のイネス・ジョーンズは、スタジオのお掃除に来たオバサンみたいで、ちっともアーティストぽくないのがいい。上のオリジナル盤の音にはおよばないが、再発盤にしてはがんばっている。


■「JAZZ FOR HI-FI LOVERS/COMPILATION」(再発盤)
Macintoshの真空管アンプが黒々と輝いている。スピーカーはARか。スタジオの壁面にイラストで表現されたドアにも、脱ぎ捨てられたストッキングが引っかかっている。凝った演出。真っ赤なハイヒール、飲み残しのワイングラス、灰皿。いい音楽聴かせてワインで酔わせて、か。ズート・シムズほかのコンピレーション盤。普通のレコードにくらべてカッティングレベルが低い。さほどHI-FIな音ではない。写真のレコードプレーヤーのアームが、どう考えても長すぎるのがすごく気になる。正面から見ているのに、レコード盤の左側にまでシェル部分がのびている。昔はこんな方式があったのだろうか。

■「OPEN HOUSE/LES BROWN and his band of renown」
ダンスホールなのだろうか。レコードプレーヤーがあるから誰かの自宅なのだろうか。コットンパンツ、コインローファーにコーク。アメリカン・グラフィティな世界だ。ボーカルのコンピレーション盤。白人歌手・グループのなかで、ひとり黒人歌手ハーブ・ジェフリーががんばっている。


■「the swingin's mutual !/the GEORGE SHEARING quintet with NANCY WILSON」
黒人女性歌手ナンシー・ウィルソンとジョージ・シアリングが、お互いの代表的なレコードを持っている。魅力的なデザインだが、この手にした二枚のレコードの高さや持ち方に、発売当時レコード会社が人種差別を配慮した臭いがする。
オーディオ&レコードジャケコレクション〈1〉のジミー・スコットのアルバムのところでも触れたが、50年代、60年代に発売されたレコードジャケットには、時折こういう時代の暗部を感じることがある。なにせ、公民権運動の指導者キング牧師が暗殺されてから、今年でまだ40年しか経っていない。この時代、多くの一流黒人ジャズメンが、差別のなかったヨーロッパに渡って、すぐれたレコードを残している。


■「LISTEN TO THE MUSIC/JERRY WALD」(再発盤)

昔、暖炉を囲んでくつろぐ家族の写真をプリントした年賀状が送られてきたことがある。しばらくたって送り主に会ったとき「あの年賀状だけど、どこへ行ってきたの」と聞くと、相手は意味が分からず返事に困っていた。その暖炉のある部屋は「自宅」だったのだ。下町育ちの私には、暖炉=別荘かリゾートホテル、しか頭になかったというわけだ。
このジャケットは、まさしく大金持ちの家としか思えないりっぱな暖炉の前で、パーティーから帰ってきたところなのか、正装でアンプのボリュームつまみに手をやる紳士の足元に、しなだれて「私のつまみもいじって」とうったえるような表情で、紳士を見上げるゴールドラメドレスの豊満な熟女という、フェティッシュなデザインだ。
ジェリー・ウォルド・オーケストラの、軽快なストリングススウィングジャズ。ジェリー・ウォルドのクラリネットがメインだが、なんとピアノはビル・エバンス、エディ・コスタのヴィブラフォン、ドラムはポール・モチアンだそうだ。

■「GRAVURE DIRECTE/Bobby Durham trio」
このジャケットの機器はレコードのカッティングマシンである。だから正確には、このレコードコレクションの趣旨に合致してはいないのだが、ここまでフェティッシュにカッティングマシンをメインビジュアルにしているのは称賛に値する。ダイレクトディスクであり、そのカッティングマシンを演奏メンバーのように捉えているということか。
一発勝負のダイレクトカッティングレコードは、プレーヤーが緊張してしまうのか、つまらない演奏になってしまうことが多いが、この盤ではわりとリラックスした感じの演奏が聴ける。音はダイナミックレンジがとんでもなく広い、オーディオファイル盤である。1979年製作のアルバム。1982年にCDが登場する直前の、1970年代後半から1980年代にかけて、こうした高音質レコードが数多くつくられていた。

更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26