「猫(キャット)はジャズが好き」前田 マリ

2008.10.28



女性がジャズに親しむきっかけになる?




女性が書いたジャズ本である。ジャズをテーマにした本はたくさんあるが、女性が書いたものはほとんど見当たらないから貴重?だ。ジャズ評論家やジャズ喫茶のオーナーなど、ジャズの知識満載の頭で書かれた本は読み物として辛いものが多いのだが、この本は知ったかぶった能書きがないぶん、ジャズ初心者にもお勧めの一冊だ。


書 名:猫(キャット)はジャズが好き
著 者:山田 マリ
発行所:晶文社


目次を紹介する。


TAKE1.ジャズの楽しみ新発見
〈ニューヨークの秋〉を聴きくらべてみよう
レコードジャケットをインテリアに
おしゃれは女性シンガーのファッションから
モンクの帽子
トロンボーンが好き
メガネのジャズメンたち
ジャズでボサノバを


TAKE2.旅先で感じるジャズ
レコードジャケット写真のニューヨークを訪ねて
ニューヨークを歩けばジャズにぶつかる
ワシントンDCでの最高の夜
パリのジャズシーン
ファドの街リスボンで聴いたジャズ
バーリでうなった「サウス・パシフィック」


TAKE3.愛しのジャズメン
モリス・ナントン
ジョニー・ホッジス
クリス・コナー
ソニー・ロリンズ
チャーリー・ラウズ


TAKE4.毎日の中のジャズ
競演ソルト・ピーナッツ
Mの思い出
桜色のラジオ
猫とジャズ
ジャズ喫茶へ行こう
風呂で聴いたジャズ
ジャズでジャムパン


この一曲が聴きたい
トリオ編
カルテット編
クインテット編
ボーカル編

『CAT(猫)は、ジャズミュージシャン、そして広くはジャズ狂を意味するアメリカのスラング』
というつながりで、筆者の本業は猫が得意なイラストレーター。数ページごとにはさまれた筆者自作のイラスト(モノクロ印刷)と、文中で触れたジャズメンや曲のアルバムジャケット写真がレイアウトされている。巻末には「この1曲が聴きたい」と題して、アルバム紹介ページも用意されている。
文章に期待するのは筋がちがうのかもしれないが、ジャズをテーマにした本で女性が書いたものはほとんどないので、女性はどんなふうにジャズをチョイスして聴いているのか興味をもって読んだ。最初の章で、メガネや帽子、ドレスなどレコードジャケットに写っているファッションをテーマにしたあたり、女性らしい視点が感じられたが、あとは海外旅行でのジャズをインスパイアされた邂逅あれこれや、ジャズ喫茶でのことやらが主で、「へー、ひとりでジャズ喫茶へ入る女性がいるんだ」が正直な読後感想。


でも、女性らしい感情表現でジャズメンやジャズアルバムを紹介していく軽やかさは、ジャズ初心者にも違和感なく読みすすめられるかもしれない。こんな調子だ。(TAKE3 愛しのジャズメンより)


「 〜極めつきは1977年録音のモーメンツ・ノーティス(Moment's Notice 。ジャケットのチャーリー・ラヴズは北島三郎風だ。デンマークのジャズクラフトというレーベルをはじめて知った。50〜60年代のジャズが好きな私にとって77年はちょっと怖い。恐る恐るターンテーブルにのせた。
「わぁー、すごい、これ!」
モンクのピアノを聴いたときの驚きとは違うびっくりをこのヒュー・ローソンに感じた。
ボーっとしたラヴズのテナーに対して、「これでもかぁー」とローソンは弾きまくる。
男っぽい、かっこいい、そしてこの人の作った〈ザ・クルーガー〉や〈ジョーボビー〉が大好きになった。〜」


ところどころに「夫」が登場する。一緒に海外でライブハウスに行ったり、中古レコード屋に入ったりしているから、筆者のジャズ好きはきっと夫の影響なのだろうが、その辺のところにいっさい触れていないのが、この本の一番の欠点といえる。特別な趣味・嗜好について語るとき、その「きっかけ」を記すことは、初対面で礼儀正しく挨拶をするようなものだ。


男がジャズを聴くきっかけは異性の目を意識した「格好つけ」が少なくないみたいだが、女性がジャズとかソウルとか特別なジャンルの音楽に傾倒するきっかけは、たいていその男だ。数年前に結婚した同業のデザイナー氏は、妻の所持品の中に自分も聴いたことのないマイルス・デイビスやらのCDをごっそり見つけ、出自を聞けないままでいるらしい。「前に付き合ってた男の名残りに決まってるじゃん」のひと言だけかけておいた。


よく書けたエッセイというものは、まとめて一冊の本になったときにも、著者の通底した目線や、移ろう季節、時系列のできごとなど、ページになんらかの繋がりが感じられるものだが、この本は切り貼りしたような文章が断片になったままだ。途中にはさんだイラストがツナギの役目を果たしきれていない。ジャズアルバム解説本としてなら、どこから読んでもいい気楽さがあっていいが、解説本というには情報が貧弱だ。だから読み物としては残念なものになっている。ジャズの曲やアルバムにだって、季節感もあれば、精神状態によっては聴きたい曲もいやな曲もあるし、ジャズを聴きたくない一日だってあるはず。


アルバムを紹介しながらというのはジャズ本の常套手段で、この本も数えると139のアルバムが紹介されている。そのほとんどがいわるゆ「名盤」であり、アルバムについての新しい発見はほとんどない。この本で紹介されているアルバムの、比較的新しいアルバムを除いたほとんどを所持し針を下ろしたことがある。だから、ジャズ初心者にはとても取っつきの良いジャズ本といえるが、本の売れ行きを心配した編集者の、事なかれなサジェスチョンが多々あったのではないだろうか。それなりのジャズ好きなら、マイナーなアルバムへの傾倒が一枚や二枚ははあるはずなのだ。筆者の描くイラストがお好きな方には楽しめるジャズ入門書だろう。

読みごたえ ★ ★ ☆ 
マニア度  ★ ★ ☆ 
役立ち度  ★ ★ ★ ☆
おすすめ度 ★ ★ ★


更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26