「TALKIN'ジャズ×文学」小川隆夫 平野啓一郎

2008.1.10



なんだか中途半端な企画本・・・




ジャズジャーナリスト「小川隆夫」氏と、芥川賞作家「平野啓一郎」氏の、ジャズをめぐる対談本。整形外科医を本業として、本場ニューヨークで多くのジャズメンたちと交友しながら、ギネス級の膨大なアルバムのライナーノーツを執筆しているという小川氏。そして「日蝕 」で当時最年少で芥川賞を受賞した平野氏とのジャズ対談というから、かなり期待して読んだ。


書 名:TALKIN’ジャズ×文学
著 者:小川隆夫/平野啓一郎
発行所:平凡社


目次を紹介する。


1.ジャズとの遭遇
青年外科医ニューヨークへ行く/ヴィレッジ・ヴァンガードの入試に合格!?/それぞれのファースト・コンタクト/黒い神童たち…マイケル・ジャクソンとスティービー・ワンダー/ウイントン・マルサリスの衝撃/小学六年生、ギターを買ってロック少年に/ウェイン・ショーターへの道/あわやプロ・ミュージシャン/歌謡曲体験


2.ジャズの中のクラシック ー ビル・エヴァンスのいた風景
ショパンとビル・エヴァンス/エヴァンスの小さな音/スペース…二〇世紀音楽の感覚/アーティストは変わる/マイルスの「引退」、コルトレーンの死/ミュージシャン、あるいは死に急ぐ者たち/戦争とフリージャズ/ビル・エヴァンス、マイルス・バンド脱退の真相/ビルとギル…クラシックからの影響/ジャズピアノの「サロン性」/完璧主義者キース・ジャレット/ハービーとチック、因縁の二人?


3.「カッコよさ」の追求 ー マイルス・デイビスの描いた軌跡
「ブラック・ビューティ」…マイルスの黒人意識/ウイントンと〈黒人地位向上委員会〉/マイルスVSウイントン/閉め出されたウイントン/マイルスの海賊版/マイルスはなぜ4ビートを捨てたのか/ロックとジャズの相互作用/エレクトリック・ギターと「時代の音」/マイルス復活/いつもカッコいい音楽がやりたかった!/遺された者たちの歩み…マイルスとドラクロアの場合/作曲家、演奏家、アレンジャー


4.すべては「リズム」から
格闘技のリズム、ジャズのリズム/パンチ、ファイト、ダッキング…マイルスのボクシング感覚/音楽のローカルアイデンティティ/なぜイギリスでハード・ロックが生まれたのか/ジャズとプログレの境界線


5.ジャズはどこへ行くのか
批評のスタンス/「好き」こそすべての原動力/マイルスの呪縛/開放/ジャズの二十一世紀/「始まりはあっても終わりはない」



ジャズ評論家である小川氏の「ジャズとの遭遇」を語った第一章はおもしろかった。
医者になって4年、精神的・肉体的に疲弊した医者の仕事を打開するために、留学という方法をつかった。その行き先がニューヨーク。ニューヨーク大学に通いながら、ジャズクラブにも通うようになり、ジャズに精通していることを評価され、多くのジャズ・ミュージシャンとの交流がはじまる。日本にたくさんいるレコードだけでジャズを評論する輩とは一線を画す、生のジャズシーンを肌で感じながらジャズを語っているというわけだ。

だが、第二章以降は、主にマイルス・デイヴィスを中心に据えた、70年代以降のジャズシーンの話で、フリージャズやらジャズとフュージョン、ロック、パンクなどとの関係とか、はっきりいっておもしろくない。ジャズをそこそこ知っていなければ理解できない話だし、かといってオーソドックスなジャズが好きな私にとっては、もっとも興味が湧かない時代・面子の話が多い。中盤以降は、マイルスのまわりから派生した、フュージョン・ロック・フュージョンミュージシャンの話ばかりで、ジャズの話がなくなっちゃう。

平野氏は、ジャズと文学との対比とか、絵画をたとえてミュージシャンを語ったり、それなりに文学者らしい話法で話をしている。だが、あまり的を得ている感じがしないし、なんだか鉄道オタクの会話を聞いているみたいで、知識と分析、それをもとにした想像はふんだんにあるが、ジャズへの感性の言葉は皆無だ。知識とその分析だけで、小川氏と伍して、小川氏もしないような断定的な話法で音楽を語れるとは、それこそ文学者らしいといえばそういうことなのかもしれない。「講釈師、見てきたような嘘を言い」。

私事だが、ずいぶん前、仕事中にスタイリストの女性とスタジオで雑談していて、行ったことのないパリの街中の話で盛り上がってしまったことがある。どういう経緯だったか忘れたが、たまたま読み齧っていたパリの新しい情報を口の端にのせたところ、スタイリスト嬢は最近パリで見知ったことをそれにかさね、嬉々として語り出した。私がパリへ行ったことがあると、はなから信じ込んで「そうそうそれでね、あの角を曲がったところの骨董屋があるじゃない」みたいな感じでどんどん細部に入っていくのだ。私のほうはにわか知識だけで冷や汗ものだったが、最後までなんとか話が通じてしまった。そんな感じだ。

この手の本にはよくあるが、この本でも最後のところで「ジャズに未来はあるか」という啓蒙話になっているが、いったい音楽の、ジャズの新しさってなんだろう。
私は、音楽の鮮度、新しい音楽なんてものは、それを受けとめ感じる個々人のもので、音楽のジャンルやその歴史で語るようなものじゃないと思う。今春高校に進級する中学生の息子が、昨年暮れ「欲しい曲があるので iTunes Store で買ってほしい」と、しおらしく相談に来た。「シートベルツ」という日本人ユニットの「tank」という、人気アニメ「COWBOY BEBOP」のサウンドトラックだという。購入して聴いてみると、いわゆるラテン・ビッグバンドに、今風のクラブやラウンジっぽいアレンジをまぶしたような、聴きやすいジャズもどきの楽曲だった。なんだ、ちっとも新しくなんかないじゃん。だが、若い彼にとっては、新しく新鮮なのだ。およそ、私が所持しているCDアルバムの多くは、彼にとっては新しく新鮮なのだ。4ビートだって、充分に新しく聴こえているようだ。今はブルーノートレーベルの古いアルバムに夢中になっている。音楽ジャンルや歴史なんて、そんなのカンケーネーなのだ。

小川氏の書いた「あとがき」を読んで合点がいった。この対談企画のきっかけは小川氏が著した「マイルス・デイヴィスの真実 」の書評を平野氏が書いたことがきっかけだったという。どうりで話がマイルスばかりで参るス、なわけだ。



読みごたえ ★ ★ ★ 
マニア度  ★ ★ ★ ★ ☆ 
役立ち度  ★ ★ ☆
おすすめ度 ★ ★ ☆


更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26