ぬるい水



ヘンミヨウからヨヨチュウまで

「辺見 庸」の小説『赤い橋の下のぬるい水 』は「潮吹き」が主題の一編である。ある土地に赴任した保険外交員の男が、街のスーパーで女が万引きするのを目撃する。その女が去った足下には、なぜか水たまりがあって、女が落としたイアリングがその中で泳いで〜。という意味深な出会いからはじまるこの物語。今村昌平監督がカンヌでグランプリを取った映画『うなぎ』と同じ、役所広司と清水美砂が主演した同監督の映画化作品「赤い橋の下のぬるい水 」では、かなりカリカチュアされた「潮吹き」が映像になっている。
映画では、この女の営む古い和菓子屋に、宝物の「観音様」が隠されていて、その「お宝」を主人公が探しにいくという設定になっている。この作品に限って言えば、原作より映画の脚本の方がおもしろい。(上に紹介した一冊は、辺見庸の白版・黒版と銘打った一対の小説集のうちの一冊。この『赤い橋の下のぬるい水』のほか、芥川賞となった「自動起床装置」、「ゆで卵」など、氏の代表作を収めた「闇に学ぶ―辺見庸掌編小説集 黒版である
「潮吹き」とは、セックスのとき女性が性器のあたりから、多量の液体をほとばしらせること。以前は「失禁」だと考えられていたため、女性にとって恥ずかしいことだとされてきたらしい。現在では「潮吹き」の正体はかなりはっきりしてきて、液体の成分分析などにより失禁とは違う生理現象だと分かってきた。インターネットで「潮吹き」を検索すれば、あやしいサイトや好事家のブログなどがごっそりヒットして、いろいろと解説されているので、詳しく知りたい方は自助努力でどうぞ。
「潮吹き」の出所は、おそらく「スキーン腺」と呼ばれる、膣口近くにある一対の分泌腺である。私は以前「バルトリン氏腺」からの噴出だと理解していたが、その当時はまだ「スキーン腺」の存在は知られていなかった。バルトリン氏腺とスキーン腺は近接していて、どちらから出るのか分かりづらいが、バルトリン氏腺液は粘度が高く、「潮吹き」で出る液体の粘性の低さからいって「潮吹き」が「スキーン腺」からのものであることは、ほぼ間違いなさそうだ。Wikipedia(アダルト)にも「潮吹き」は解説されている。そして同じ「スキーン腺」のページには、その存在を示す解剖学的な女性器の写真まで貼りつけてある。
かなり特殊な生理現象だと思われてきた「潮吹き」だが、先に述べたような理由から、潮吹きする女性はそれを隠してきたらしく、現実にはたくさんの潮吹き体質の女性が存在するようだ。最近のアダルトビデオには「潮吹き○○」というタイトルのコーナーが設置された店もある。つまり「潮吹き」は、セックスにおける女性の快感の反応のひとつとしてカウントされる「売り物」になったということだ。だが、実際は「疑似潮吹き」とでも呼べる失禁排尿がこうしたAVビデオには多数混じっている。人気熟女AV女優「紫志乃」の潮吹きは分かりやすい偽物である。


以前このコーナーの「ナマヨヨチュウ」のコラムで書いたように、代々木忠作品の試写会で彼の話をいろいろ聞くことができたわけだが、その作品の出演女優の潮吹きに関連して代々木氏が語った見解がたいへん印象的だった。
「潮吹きっていうのは、女性の心の中に溜まった重い何かが噴出しているのではないかと思うんです」
このとおりの言葉ではなかったが、代々木氏のこうした主旨の発言は興味深いものであった。先にも述べたように、女性のセックス時の好反応として男性に認識されている「潮吹き」を、オーガズムもしくは強い快感による生理的反応とはまったく逆のこととして捉えているのである。日活ロマンポルノ時代からAV時代の今日まで、数多くの女性の性を見つづけてきた代々木氏のこの発言は、おそらく正しいのではないかと思う。
セックスで男は女がたっぷりと感じて乱れることを求めている。だから、潮吹きなんぞで応えてくれしたりすると嬉しいものだ。小説『赤い橋の下のぬるい水』の男も同様、この生理現象にとらわれる。そして水が涸れ(てしまっ)た女に言われる。「水は、私という器のなかの恥だった。あなたは、恥だけを愛して、恥を抱えている器そのものは愛せなかった。」と。(ネタばらししてすみません)小説の中で「潮吹き」は生理反応ではなく病気としてとらえられ、治療も試みていた。代々木氏の意見をもとにこのことをなぞれば、女は男を愛することをきっかけに、心が捕らわれてしまう何かを手放せたことで、水が溜まらない体質になったということになる。
映画では、男は家に隠された宝物「黄金の観音様」を探しにいくという設定なのだが、その「観音様」こそ、この家の女に伝わる「潮吹き名器」のことだったという落ちで、ぬるい水は枯れることなく、二人はその後も潮にまみれる。「潮吹き」性善説?なのだ。たしかに「潮吹き」体質の女性に「名器」の持ち主は多いらしいんだが・・・。
最後に、映画「赤い橋の下のぬるい水」で描かれた「潮吹き」に負けないくらいのパフォーマンスが見られる作品を紹介する。代々木作品「ザ・面接VOL104真性潮吹きパイパン祭り」です。盛大に潮を吹くのは、エキストラの面接官役の素人女性。これを観ると今村昌平監督の大げさとも思えた「潮吹き」表現も、まんざらではないことが分かる。映画では、水の始末のために床にブルーの養生シートを敷いていたが、この女性の水の出し方、いや飛ばし方を観ると、事後のあとしまつがたいへんそうだ。

更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26