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低音エクスタシー

2008.4.15

美術大学時代、校内に「大浦食堂」という木造のボロボロの学食があった(今は跡形もなくきれいな店に建て替わっている)。通りをはさんだ向かいの音楽学部には「キャッスル」というオシャレな店構えの学食があって、たまに立ち寄ると、カラフルなブランド物のワンピースやスカーフなどで着飾った音楽学部の女子学生が、ナポリタンなんかを食べているのが、なんだかまぶしかった。
ある日の午後、いつものくすんだうす暗い大浦食堂で、定番の豆腐バター焼きを食べていると、背中から野太い男性の声が覆いかぶさってきた。

「 そ ー す い い で す か 」 

その声は、鼓膜と腹がつながっているかと錯覚してしまうくらいカラダが共振するみごとなバリトン。
一瞬 、大浦食堂が大浦聖堂になった。私の座っていたテーブルの、備え付けのソースの入った容器を貸してほしい、という意味だと分かるのに数秒かかった。箸を宙に浮かせたまま目を丸くして、一緒に食べていた友人と顔を見あわせてしまった。声楽科の学生なのだろう。黒フチのメガネに黒々と顎髭をたくわえ、かっぷくのいい体形。声のもつエネルギーというものを初体験したのである。
以前、撮影したビデオから再生される自分の声を聞いて「あれ?」と思った経験がある。私の声は情けないくらい甲高い声だった。しゃべるときの振動が直接骨にひびくために、ふだん自分では低い声を出しているつもりになっていたらしい。ふっくらとした低い声で、ゆったり会話ができる人がうらやましい。こちとら江戸っ子のハーフで、甲高い上に早口で滑舌が悪いときているから最悪でい!
リビングルームに、日々の生活に影響があるほどの大規模なスピーカーシステムをデンと構えている、いちばんの理由は「低音」再生だ。フランク永井は低音の魅力。低音追求はオーディオの醍醐味のひとつである。心地よい室内楽やソロ楽器の演奏などを聴く分には、小型のメーカー製スピーカーで実に妙なる音色の製品はたくさんある。だが、クラシックのティンパニーや大太鼓、ジャズのベースやバスドラムスなど、低音楽器を充分に再生するとなると、どんなに高性能な小型スピーカーにも限界がある。
オーディオを始めたときの最初に使ったスピーカーは、コーラルの16センチをヒノオーディオの既製品バスレフボックスに収めたもの。その後、フォスター(現フォステクス)の10センチスピーカーとか、三菱P-610とか、小口径のシングルコーンスピーカーをいろいろ使ったあと、大学時代にいきなりALTECの 416-8A 38センチ大口径ウーハーを導入した。(左写真の右に置かれたスピーカー)
中音は手持ちのシングルコーン、高音は日立のホーン型といういい加減な組み合わせで、LCネットワーク構成のスリーウエイ。写真が残っていないのが残念だが、416-8A を収めるため、両サイドにバスレフスリットがついた「音研製作」のボックスをデッドコピーした巨大なボックスを、無謀にも自宅の部屋で製作した。おがくずやとの粉にまみれて、しばらくは木工所で寝泊まりしているみたいな状態だった。
その後、音研製作純正のボックスを仕入れて、中高音も音研のSC-500WOOD/OS-5000Tホーンスピーカーにした。だが38センチウーハーを使っているからといって、すばらしい低音が再生できるわけではなく、低音の不感症的欲求不満はつのるばかりであった。

今から15年ほど前、416-8Aに限界を感じてウーハーの変更を計画した。たどりついたのがオーディオノートの2001Wウーハーだった。当時のオーディオノートの試聴室まで行って聴いた音はなかなかのもので、即仕入れることにした。(写真一枚目の左、二枚目の手前のバカでかい磁気回路のスピーカー)
その後、この 2001-38Wを特注のピアノフィニッシュの密閉ボックス(写真3枚目)に収め、コラム「イコライズエクスタシー」で紹介している、メジャグランの「音創夢」を使って低音をイコライズすることで、それなりに満足のいく低音を得られるようになった。密閉ボックスから出る質のよい低音を聴くと、バスレフボックスがつくる低音は「偽音」だと分かる。楽器の低音ではなく、低い振動音だ。このオーディオノートのウーハーユニット2001-38Wは、使いこなせないという定評?があったのだが、なんとか実力を出せていると思う。低音エクスタシーを味わうのは、なみたいていのことではないのだ。だからこそ、質の高い低音が出たときのエクスタシーは、他の行為では得られない豊かなものだ。ちなみに、大規模な平面バッフルから発せられる低音は、箱の収めたスピーカーから出る重い音とは違う、開放的な低音が出るそうだ。たぶん平面バッフルの低音が、いちばん楽器の低音に近いのだろう。まだ経験したことがない、未知なるエクスタシーだ。
この2001-38W を仕入れたオーディオノートの試聴室で、オーディオコンサルタントという肩書きの、大重善忠氏という方と知り合った。この方とのつき合いから、さらなるオーディオの深遠な快感を味わうことになるのである。

更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26