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オリジナル盤エクスタシー

2008.5.4

物欲

物の価値・価格をゲームにしたテレビ番組は面白い。1970年代人気だった「がっちり買いまショウ」は、大量生産された電化製品がキラキラ輝いていた時代の番組。夢路いとし喜味こいしの司会コンビのしゃべくりも面白く、いまでも口上をまねて言えるほどよく覚えている。他人の物欲に自分のそれをかさねてたのしんでいた。
現役番組では、東京12チャンネル「なんでも鑑定団」。ちょっとマンネリ気味で最近はあまり観ていないが、高額で購入した骨董品や美術品が、タダ同然と鑑定されるときがこの番組のいちばんのハイライトだ。欲に目がくらんだ人、骨董の目利きを自慢する人の鼻がポキンと折れるのを、サディスティックに眺める。自分がもっている物欲もマゾヒスティックに引きずりだされる。テレビ画面で見ても偽物と分かるようなシロモノを自信満々で持ち込む、物欲、自己顕示欲にまみれた視聴者はあとをたたないようで、長寿番組となっている。
最近さらに面白い番組をみつけた。フジテレビのバラエティ番組「はねるのトびら」の「ほぼ100円ショップ『ダイタイソー』」というコーナーである。100円ショップで扱われている商品に、数万円から数十万円するという高額商品を紛れ込ませた十数点から、値踏みして100円と判断したものを一品づつ自腹で購入するというゲーム。物に付けられた価値基準のあやふやさがゲームになっている。私も100円ショップはよく利用しているが、なんでそんなものが何万円もするの!というような高額商品がでてくると、よく見つけてきたなというか「誰が買うんだあんなもの!」と毎回画面に向かって楽しくつっこみをいれている。
本物のような偽物、偽物のような本物に翻弄されるおもしろさ。
書籍やレコードは複製メディアだから偽物はないのだが、書籍には初版本、レコードにはオリジナル盤というのがあり、ある意味「本物」扱いされている。稀少価値があるから特別な価値を生むわけだが、どちらもその保存程度により市場価値は上下する。書籍は同じ版であれば、版を重ねてももちろん書いてある文章は同じものだ。だがレコードの場合は、オリジナル盤と再発盤では、盤面に刻まれている音質・音色が物理的に違うのだ。
一例として「SINGS/BEVERLY KELLY」AUDIO FIDELITYレーベル盤をとりあげてみた。パット・モラン・トリオがバックをつとめるボーカル名盤で、左のジャケットは1958年に発売されたオリジナル盤、その下のジャケットはVENUSレーベルの再発盤である。
音楽を聴きなれた人なら、一聴して分かる音の違いだ。ボーカル盤は人の歌声の差だから、楽器の音より分かりやすい。オリジナル盤のビバリーの声は、ほんの少しハスキーな味わいのあるメリハリのあるよくのびる発声だ。


だが、再発盤の声は、そのハスキーさがやけに強調されていて、歌声がかすれるようなザラツキさえある。スーとのびる部分もしり切れになる。
よく「オリジナルは音が太い」というような表現をジャズ本で見ることがあるが、音の密度が違うという方が近いように思う。ザラツキは、ジャケット写真にもあって、左の二点のジャケットをクリックして拡大すれば分かるが、印刷の精度もまったく違う。再発はビバリーの白い肌が炎症を起こした
ような印刷になっている。オリジナル原稿がないから、状態のよいオリジナル盤を複写して再発ジャケットをつくったために、再現性が落ちるのだ。
音質の違いは、主にレコードをつくるときの音源の違いが大きいらしい。収録したときのマスターテープから何度かダビングした孫テープを輸入して、それをもとにカッティングエンジニアが、レベル調整したり音のバランスをいじったりするため、オリジナル盤とはだいぶ違う音になるということだ。

オリジナル盤には、もう一つ魅力的な要素がある。状態のよいオリジナル盤にはオリジナル発売時の内袋がついている。上から三枚目の写真は、このアルバムの内袋。この時代、内袋はたいていザラ紙かハトロン紙でつくられていたが、このレコードの内袋はめずらしいビニール製である。これら古いレコードの内袋には、自社レコードのカタログを兼ねた印刷をされているものが多いのだが、このレーベルは内袋がビニールのため、カタログが別刷りで添付していた。三つ折6ページのにぎやかなもので、ノスタルジックで魅力的なグラフィックデザインの二色刷り。開くと、所狭しとジャケット写真が並べられていて、レコード好きにはたまらない。

このカタログで紹介しているレコードは、ジャズにかぎらずいろいろなジャンルなので、見たこともないデザインのジャケット写真がいっぱいで楽しい。ざっと眺めて感じるのは、このレーベルのジャケットデザイナーには「足フェチ」がいるということ。「フェティッシュジャケット・コレクション」でご紹介した、パット・モラントリオのアルバムも掲載されている。

もちろん、音で味わうエクスタシーがオリジナル盤のいちばんの魅力だが、ジャケットの美しさ、内袋などのオリジナルの「おまけ」からもエクスタシーを味わえる。もちろん、大枚はたいてオリジナル盤をレジに持っていくときの、アドレナリン出まくりエクスタシーも価格相応に味わえる。

更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26