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測定エクスタシー

2008.4.25

再生音をはだかにする

春にまだ青みが残っていた頃。好意をもった女性にはもちろん、出あった女性すべてに、さりげなく尋ねたことがある。「貴女は東京の人」 演歌のタイトルみたいだが、尋ねるというより確認にちかい質問だった。二人とも実家住まいだと、なかなかふたりの時間をつくりづらいから。つまり恋しても発展が望みにくいという、リアルな判断のためだ。いま考えると不謹慎だった気もしないではないが、下半身の熱さのわりに、頭はいつも頭寒足熱。
大学の先輩から「昨日、鴬谷駅前の連込みから出てきたら、ちょうど入ってきた教授と玄関でばったり出合っちゃってさ」なんて武勇伝を聞かされたこともあったせいか、連込みホテルを利用する勇気は出なかった。いや、ホテルに使う金があったらレコードかファッションにつぎ込む、バカ娘みたいな発想だったというのが正解かも。
 
そんなこんなでいろいろと寄り道をしたあと、ワクワクどきどきアパート暮らしの女性を初めて訪ねる。ところが足を踏み入れたその部屋は、想像していたほど女の子っぽいしつらえではなかったり、生活感丸出しで雑然としていたり、寒々としていて殺風景だったりすることも。「自分の部屋の方がよっぽどキレイじゃんか」と頭の中でつぶやいて、なんだかちょっと恋した気持ちが萎えかける。まあ、そんな冷静な思考回路とはうらはらに、部屋にうっすら漂う女性特有の匂いを嗅ぎ分けて、熱き血潮の下半身は独り歩きするわけだが。
 
好きになった女性の見た目と生活実態に落差があった、というのは、自分で勝手に夢想していたことだから、相手の女性にはなんの落ち度もないんだけど・・・。
 
カタログに書かれた最先端のテクノロジーにほだされ、美しいデザインも気に入ったオーディオセット。だがその惚れた機器が奏でる音が、自宅で聴くと想像していた音と違っていた、というのはよくあることだ。そんなとき、自由になる金がたっぷりある幸せな人だったら、さっさとそのオーディオ機器を処分して買い替えることもできる。そんなゆとりもする気もない私は「測定」するのだ。
カタログをながめつくし、何度もオーディオショップに出向き音色を確かめ、惚れて大枚はたいて手に入れたピカピカのオーディオ機器。自宅に設置したそのオーディオ機器の周波数特性を測定すると、その結果にたぶんクラクラめまいがするはずだ。私はそうだった。
 左の図(クリックで拡大)は、日本オーディオのレスポンスチェッカー[RC-2](左下)でつい最近測定した、当方のオーディオシステムの周波数特性だ。日本アイルプスの稜線でもトレースしたかのような、険しい山あり谷ありの、足がすくむようなデータ曲線である。ステレオスピーカーシステムから2.5mほどのリスニングポジションで測定した。
スピーカーのカタログにのっている周波数特性は、無響室に設置したスピーカーの、軸上1mのところで計測するから山谷の少ないなめらかな曲線になる。
だが実際には、機器を設置する部屋の構造や材質、機器の配置の影響をもろに受け、こんな醜いギザギザになってしまう。線の落ち込み部分の幾つかは原因がわかっている。
60Hz 付近の大きな落ち込みは右チャンネルの定在波の影響。このあたりの周波数帯の定在波による落ち込みは、たいていの部屋で観測されるらしい。150Hz 付近と800Hz 付近の落ち込みは、中低音、中高音スピーカーの動作の限界による繋がりが悪いためのもの。耳だけでレベル調整してもだいたいこのデータに近いものになる。
「我家のオーディオシステムは、ぜったいにこんなひどい周波数特性ではない」と思った方は、一度測定してみるといい。再生音の気になる部分が、きっと測定データに表れるはずだ。醜い姿で。
もちろん、こういうふうにシステムの測定をしても、測定結果と再生音との因果関係の判断ができなければ、何の対処もできない。数百万もするようなオーディオセットから出る音の、周波数特性をただ漫然と眺めるのは、単に辛いだけのマゾヒスティックな行為となる。測定結果の正しい評価と適切な対処がきちんとできたときにだけ、そのマゾヒスティックな辛さは、妙なる再生音のエクスタシーに変容するのだ。

更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26