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CDでエクスタシーは味わえるか

2008.7.7

0.02ミリの差?

ほかのコラムでも書いたが、CDとアナログでは、音の質そのものに違いを感じている。もちろん、当方のオーディオシステムでのことであり、異論のある方も多いと思う。
アナログレーコードを上手に再生したときの音は、鮮烈でエネルギー感に溢れ生々しい。信頼のおけるオーディオ評論家菅野沖彦氏は、CDとアナログとの音の質の違いについて、針がレコードに触れて音を読み取るのと、レーザーピックアップで光学的に読み取るCDとの「接触メディアと非接触メディアという違いが大きいのではないか」というようなことを書いている。
ちょうどナマでするのと、スキンをつけてするようなものか(じゃないって)。いや、CDで聴いた音ではすんなりエクスタシーを味わえないあのもどかしさは、かなり・・・ちょっとは似ている。いくら世界に誇る日本のコンドーム製造技術によって生まれた極薄0.02ミリを使っても、非接触であることには変わりはない。
CDが発売されて2年ほど経ったころ、CDに入っていない20kHz以上の周波数帯の大事さとか、デジタルの格子の隙間を耳が感じるとか、芸能山城組を率いる音楽家の山城祥二氏(発言は筑波大教授「大橋力」名義)をはじめとする検証記事がマスコミを賑わしたことがあった。
CDが流通してそれほど年月が経たぬうちに、メーカー各社がいろいろな材質・メッキ法などで音質の向上を目指したり、SACDやDVDaudio などCDと互換性のない新しいフォーマットのディスクを開発したりしたその背景には「CDの音、フォーマットに不満がある」ことは間違いない。
私は以前、CDに入っていない 20kHz以上を疑似的に加える装置SH-20Kを使っていたことがある。くわしい原理はよく知らないが、聴きやすいアナログ的な音が得られた。この装置はかなり売れたようだし、オーディオメーカーのいくつかは、似た方法で20kHz以上の周波数帯を付加できる回路を持ったCDプレーヤーを発売している。
CDの音質向上をねらった技術はいろいろある。主にマスタリングでの技術と、プレスにおける技術に分けられる。CD特有のマスタリング技術の代表的なものとしてはビクターの「xrcd」がある。xrcd(Extended Resolution Compact DISC)は『マスタリングからCD製造までをK-2技術とそれを使う人間の両輪で、徹底的に音質追求を行うことにより音にこだわっている』という何だかよく分からない方法だ。■左/xrcd「EASY WALKER/LARRY FULLER TRIO」
プレスにおける技術は、主にCDの材質によるもの。古くはGOLD CDと呼ばれ、メッキ部分に金メッキを使ったもの。その後「Arton(アートン)」というプラスティック素材が登場した。光の透過率が高く光学的歪みが小さい特長があるそうだ。その後普及しなかったところをみると、¥3,000円〜¥3,500円という価格の高さがネックになったのだろう。■左/ArtonCD「パッヘルベルのカノン/バロック名曲集オルフェウス室内管弦楽団」(リンク先のCDはArtonCDではありません)
昨年Extreme Hard Glass CD《高品位ハード・ガラス製音楽CD》というのが開発され、カラヤン生誕100年記念として1962年のベートーベン第9が、なんと定価¥20万円(税込)という高額で発売された。ガラスのため複屈折がなく、読取レーザーの効率、S/N比が良好で、ディスクの精度も高いということだ。 だけどアナログマスターからのダイレクト録音とはいえ、素材の違いだけでどほどの音質向上があるのか。こんなにアンバランスな商品を買うのはダレヤン。■左/ガラスCD「カラヤン/ベートヴェン:交響曲第9番
CDとフォーマットが違うため、普通のCDプレーヤーでは再生できないディスクに SACD・DVDaudioなどある。SACD はそれなりに有名盤の再発が続けられているが、DVDaudio は、すばらしく音がいいフォーマットだが、DVDプレーヤーやDVDが再生可能なユニバーサルプレーヤーが必要なため定着しなかったようで、昨年あたり製造を取りやめてしまったらしい。
■左/SACD「Lee Ann Womack/Greatest Hits
このほかにもガラスCDと同様、アナログマスターテープから直接カッティングしているという、モービルフィディリティのオリジナルマスター・レコーディングCD(GOLD CDだ)シリーズなど、いろいろな高音質を謳ったCDが発売されている。 ■左/ORIGINAL MASTER RECORDING CD「 Queen/A Night at the Opera


最近もっとも新しい高音質を謳ったCDとして、SHM-CD というのが開発された。めずらしく新聞広告までして力を入れている。普通のプレーヤーで再生できるので、それなりに普及しているみたいだ。通常のCDとは違う、液晶パネル用のポリカーボネート樹脂を使用しているという。透明度が高いために、CDのビットが正確に形成され音質を高めているそうだ。20万円のガラスCDに似た素材の考え方を、より廉価にして高音質を得ようとするものだ。
これがSHM-CDだ!ロックで聴き比べる体験サンプラー」というタイトルの2枚組 SHM-CD サンプラー盤が発売された。SHM-CD と通常のCDの2枚組で、収録曲も普通のサンプラーのようにフェードアウトしないで丸ごと入って、お試し価格¥1,000円という太っ腹。こんな明快なサンプラーを出すということは、相当音質に自信があるということだろう。
20万円CDを鼻白んで紹介していたら、ダイレクトカッティングSACDなるものが発売された。定価税込¥22,000円!90枚限定発売。バカですねー、買ってしまいました。このSACDは通常マスタースタンパー→マザースタンパー→スタンパーの3工程を経たスタンパーで製作されるところを、マスタースタンパー→バージンスタンパーという1工程のみのスタンパーからプレスするものだそうだ。1枚のバージンスタンパーからは30枚のディスクしかつくれないため、今回は3枚のバージンスタンパーを用意したとのこと。

アナログレコードのダイレクトカッティングは、ほんとうに演奏そのものを録音メディアを使わずに、演奏者のすぐ隣の部屋でカッティングするのだが、ダイレクトカッティングSACDというのは、どっちにしても録音されたマスターハードディスクからのカッティングになるわけで、ちょっとネーミングに偽りありな感じだ。
その収録された演奏については、まだ1回しか聴いていないが、¥22,000円出した価値があるかというと、??である。この??については、最後の音質評価のところでくわしく触れる。
最後に紹介するのは、正確にはマーケット商品ではない。マニアックな高音質CDをリリースしつづけている赤城工芸音研が、その高音質CDのマスターハードディスク96K24bitから直接デジタルでコピーした、スペシャルマスターCDーROMだ。¥10,000円程で特注販売している。
下のCDの盤面を見れば分かるが、正規販売品の印刷ではない。プリンターで印刷した手作り感溢れる簡素なものだ。CDーROMだから、普通のCDプレーヤーで再生できる。
赤城工芸音研の録音機材には、私が常用している音質向上イコライザー「音創夢」や「サウンドエキサイター」を開発した「メジャグラン」のマイク用プリアンプが使用されている。


■ 極私的音質評価
それぞれの材質やフォーマットによる音の影響度について記しておく。もちろん主観的なものだ。
いろいろと聴いてみて、正直なところゴールドCDとかアートンなどの素材の工夫による音質向上は、あるにしても微少なものだ。だが、そのそれなりに高音質を得られることは間違いない。ただその音質改善がどの場合にも「アナログ的」という表現になってしまうのは、私の主観によるものだけなのだろうか。
20万円のガラスCDは聴くことができないから音の違いは分からない。素材の工夫によるものとしていちばん新しいSHM-CDは、電気楽器の多いロックのサンプル版しか聴いていないので断言はできないが、明らかに音の滑らかさや密度感が通常CDより勝っていた。こういういい方をすると「ロックに滑らかさなんていらないんじゃないか」というつっこみが入りそうだが、ここでいう滑らかさは、音質のことで音楽のことではない。CD臭いうるささがなくなって、よりアナログ的な音になっている。音質向上が価格に転嫁されていないのは嬉しいが、エクスタシーを感じるところまでの音質ではない。手持ちのお気に入りアルバムと同じSHM-CDによる再発盤を一枚買って確かめてみるつもりだ。
CDで欠落している20kHz以上の周波数帯が入っているSACDは、音源にもよるが、かなりアナログチックな濃密な音を聴かせてくれると思う。DVDaudioの音は、ノイズから開放されたアナログというような感じで、ある意味アナログを越えていて、私にはいちばん評価できるエクスタシーを感じられるフォーマットなのだが、残念ながら消えてしまった。
このようにいろいろな素材・フォーマットのデジタルディスクが発売されているわけだが、「イコライズエクスタシーその2」で触れたように、CDディスクを製作するときには、音にコンプレッサーをかけて、エネルギーの強い部分を丸めた音をプレスしているわけで、この音圧のイコライズを修正しないかぎりは、元の音、マスターデータの音はぜったいに聞こえてこないということだ。ジャズアルバムで、ドラムスのキックドラムやクラッシュシンバルの音が、ライブ演奏みたいにドバッと聴こえないのは、CDカッティング時にそういう工程を経て(しまって)いるからだ。(もちろんシステムの性能も影響しているが)
その点でいうと、定価税込¥22,000円也のダイレクトカッティングSACDは、通常のSACDのエネルギー感を明らかに越えていて、囁くような小音量の演奏部と、大太鼓の大団円のクライマックス部とのエネルギーの幅がとてつもなく広い、だから、小音量演奏部分で満足な再生音量を得ようとすると、強音部に入った途端、近所迷惑を通り越した、とんでもない大音量(コンサートホールでの実物大の音量なのだが)の生々しい大太鼓がスピーカーから飛び出してしてしまう。
本来ならオーディオエクスタシーでうっとりするところだが、我家のようなマンション住まいでは、慌ててボリュームを絞るしかないのだ。だから、上下階に迷惑のかからない音量を設定すると、小音量の演奏部分は満足に聞こえないような再生になってしまうのだ。だから、アルバム紹介部分での演奏の評価??は、ちゃんと聴いていない、いや、ちゃんと聴くことができないということで??なのだ。あまり大きな声でよがるので、ビックリして思わず腰を動かすのを止めた、みたいな。
最後に紹介したスペシャルマスターCDーROMは、音源がジャズクインテットやセクステットなので、上記のストラビンスキー「春の祭典」のような極端な音量変化がないため、我家でもそれなりの音量で楽しめる。実に素晴らしい音質、演奏だ。音質がいいと演奏までより素晴らしく味わえる典型。カッティングレベルが低いことも、いかにもコンプレッサーをあまりかけていないことを感じさせる。オーディオをやってて良かった!と素直に喜べるソフトである。こういうソフトは、システムが良くなれば良くなった分だけ、さらにいい音で鳴ってくれる。裏技的フォーマットの、数少ないエクスタシーを味わえるCD(ROM)である。

更新日 2020-04-26 | 作成日 2020-04-26